何か毎日がスカッとしない。朝起きたら憂鬱だし、テンションの波も大きい。こんな毎日がずっと続くのだろうか。。
あれ、自分のこと?と思ったあなた。安心して欲しい。 なので冒頭の質問は誰にでも当てはまる質問で、周りほぼ全ての人が皆そうなのだ。
それだけ自分に空虚感を感じてる人がいかに多いことか。
●惰性で生きる人生
小中高そして大学を卒業し、何とか入った今の会社。特にやりたいことがあったわけでもない。何と無く滑り込んだ今の会社。可もなく不可もなく、ズルズルと居着いてしまった。
それなりに出世し、居心地が良くなってしまい、ふとした瞬間に「このままで良いのだろうか?」と考えてしまう。
年に何度かそう思うが、実際に何か一歩踏み出すわけでもなく、また同じ日々の繰り返し。そうして長いスパンでみると自分は何をやっているのか分からない。
そんな人生を送っている人は非常に多い。
●変えたいと考えるだけでもマシ
何か成長したい、自分を変えたい。そう考えているだけでもまだ前向きだ。
なぜならこの幸せな国で、惰性で行きて行くことは十分可能だからだ。誤解を恐れず言うと働かなくとも普通にしてれば、まず死ぬことは無い。社会保障、生活保護、この国には生きることが最低限保証されているからだ。
それでも人は前向きな生き物だ。今の人生を変えたい。最低限の生活ではなく、もっと質を高めようと努力するのだ。そう考えるからこそ、毎日が憂鬱になる。このままじゃダメだと。
ではどのように人生を変えて行くか。
●小さくてもはじめる。
成長をするには「目に見えて変わる」ことが必須だと思ってはいないだろうか。誰から見ても変わった。成長した。ということがなければ成長ではないと考えていないだろうか。
それは立派なことだし否定はしない。 でも自分自身でハードルを高めすぎてはいないだろうか。
英会話を始めた、毎朝ジョギングするようになった。営業成績で1位になった。誰がどう見たって凄いだろうし、変化が見て取れる。 しかしそれが本当に成長なのだろうか。
勿論、その人が前向きに取り組んでいるならそれは成長だし否定することではない。でも本当の成長は目に見えなくとも、明確な変化を感じ取れなくとも、その人が前向きに物事に取り組む。そういう姿勢を持っていれば良いのではないか。そう思うのだ。
つまり、何だっていい。小さいことでもいい。自分がこうしよう!と決めた事に対して努力する。その過程が成長と呼べるのではないか。そう言いたいのだ。 そして、ここで重要なのは自分でやることを決めることだ。人からとやかく言われる事はない。自分の決めた事を突き進む。常識など関係なくやる。それだけでいい。
これまで人に流され、人の意見を聞き惰性で生きて来たからこそ、振り返った時に何も無いことに気付く。全ては自分で作ってきた人生ではない。それだからこそ空虚感を感じてしまうし、成長を感じ取ることができないのだ。 それを改めるのは今からだって遅くはない。
いまこの瞬間から自分の意思によって突き進む。それだけだ。 ほんとちいさなことから始めてみよう。
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