日本を代表するスパコン「富岳」の後継として構想が進むFugakuNEXTは、単なる性能更新ではなくAIとHPCを統合する新しい計算基盤として期待されています。
2025年8月にはNVIDIAの参画が発表され、富士通・理研との国際連携体制が本格始動しました。2030年ごろの運用開始が見込まれるなど、計画は着実に前進しています。
いっぽうで、巨額の投資や電力・人材などの課題も現実です。筆者は「日本はすべての分野でトップではない」と冷静に認めつつも、だからこそ海外との連携を進め、財政負担が重くとも追い続ける姿勢が必要だと考えます。
諦めは衰退を加速させます。本記事では、最新ニュースを整理しつつ、投資対効果の見立て、技術・人材の論点、そして「協調で勝つ」ための実務的アクションまで、スマホでも読みやすくコンパクトに解説します。
富岳後継「FugakuNEXT」最新ニュースと要点
理研×富士通×NVIDIAの体制と狙い
2025年8月22日、理化学研究所は富士通とNVIDIAとの国際連携でFugakuNEXTの開発体制を開始すると公表しました。
NVIDIAはGPU系アクセラレータの設計を担い、富士通はシステム全体とCPU(Fujitsu-MONAKA-X)の基本設計を主導します。
狙いは、従来の数値シミュレーションと最先端のAIを同一基盤で高効率に回すAI-HPCプラットフォームの構築です。NVLink Fusionなどの高速結合でCPUとGPUを緊密に接続し、アプリ性能の大幅向上を図る構想が示されています。
性能目標:アプリ100倍、AIは600EFLOPS級
公式発表では、FugakuNEXTはハードウェアで5倍超、ソフト最適化を合わせて実アプリ性能で100倍を目指すとされます。
AI領域ではFP8(疎行列)で600エクサフロップス超というケタ違いの指標が掲げられ、「ゼッタスケール」級の達成を標榜。
これは創薬、自動車設計、気候モデル、防災シミュレーションなどの応用で、既存の壁を破るインパクトが期待されます。重要なのは単なるベンチマークではなく、実利用の高速化を重視している点です。
スケジュール・設置場所・コスト感
運用開始は2030年ごろを計画。2025年度内に基本設計を終え、26年度以降に詳細設計へ移る段取りです。
設置は現行「富岳」と同じ神戸・ポートアイランドが想定されています。開発費は1100億円超との報道もあり、国の計算基盤として相応の投資規模になります。費用対効果を社会に示すコミュニケーションも、同時並行で欠かせません。
海外連携は弱さではなく、勝ち筋である
「Made in Japan」から「Made with Japan」へ
筆者は「日本が全分野でトップではない現実」を直視し、だからこそ共創に活路があると考えます。理研は会見で「Made with Japan」という表現を用いました。自前主義に固執するのではなく、日本発の知を核に、グローバルの最良技術を組み合わせる姿勢です。
FugakuNEXTのNVIDIA参画は、まさにこの方向性を象徴します。目的は主権の放棄ではなく、成果の最大化。研究者や企業にとって、最新のGPUエコシステムへのアクセスは実効速度と生産性の両面で利点が大きいのです。
国内エコシステムに与える好影響
海外連携は、単に部材を輸入する話ではありません。ソフトウェア最適化、開発ツール、ライブラリ、コミュニティ運営など、エコシステムの厚みを享受できます。
国内のスタートアップや製造業は、FugakuNEXTで生成AI×シミュレーションを試作し、量産・省エネ設計・品質予測のPDCAを高速化できます。
アクセラレータを前提とした人材育成も進み、産学官の共同実証が回り出すはずです。最終的に、国内企業が世界市場で戦うための実装速度が上がります。
技術主権とのバランスをどう取るか
課題はもちろんあります。輸出規制やサプライリスクは見逃せません。対処の肝は二層構えです。第一に、国際連携を前提に短期の成果を最大化。
第二に、中長期ではCPUやインターコネクト、ソフト基盤の国産要素を磨き、相互運用性を重視した設計で代替可能性を確保します。富士通のMONAKA-XとNVLink Fusionの接続は、まさに共存前提のアーキテクチャであり、日本側の知見蓄積にも寄与します。
財政負担は重い。それでも「攻めの更新」が必要
投資対効果:研究・産業・安全保障への波及
1100億円超という規模は小さくありません。しかしFugakuはコロナ下の薬剤スクリーニングや気流解析、材料・交通・防災など広範に貢献しました。後継機はこれを桁違いのスピードで回し、研究開発のリードタイム短縮、産業競争力の底上げ、災害対応のシナリオ探索など、社会的リターンが見込めます。
投資の正当性は、研究成果の迅速公開、産業実装件数、人材輩出数などのKPIの可視化で説明責任を果たすべきです。
「諦め」は最大の機会損失
財政負担を理由に挑戦を止めることは、長期的には最大の機会損失です。性能・電力効率・開発手法などの最前線は、実機でしか学べない領域が多いからです。
FugakuNEXT計画は2030年前後を見据え、すでに人材・ソフトの先行整備が動き出しています。ここで手を緩めれば、研究者や企業が海外の計算資源に流出し、技術主導権を失いかねません。攻めの更新こそ、日本の「多少の発展」を確かなものにします。
電力・運用費の論点を正面から扱う
現行「富岳」ですらピーク約28〜30MWの電力を消費しました。後継機は効率向上を図る一方、規模拡大により電力・冷却の高度化が不可避です。
再エネ連携、温排水の地域利用、液浸・温水冷却の最適化、計算タスクのグリーンシフト(負荷平準化)など、運用段階での省エネ設計を初期から組み込み、「同等電力枠での実効100倍」というメッセージを社会と共有しましょう。
技術課題を現実解で乗り越える
省エネ設計と電源調達の具体策
技術の要は効率です。ジョブごとの電力最適化、DVFSの高度制御、スケジューラと電力管理の連携、液冷の熱再利用など、設計と運用の両輪でPUE・TUEを下げます。
電源は再エネPPAや蓄電活用と連動し、計算負荷を価格・CO₂強度に応じてスケジューリング。社会的説明責任のために、電力実績とCO₂指標をダッシュボード公開し、産学で改善競争を促す仕組みが有効です。FugakuNEXTは「速くて、環境に良い」を両立させる見本市であるべきです。
ソフトウェアと人材:AI×数値計算の“二刀流”を育てる
GPUとCPUの異種並列では、メモリ帯域・通信・混合精度の設計が肝です。国際的に広く使われるCUDA/ROCm互換層、OpenMP、MPIに加え、疎・半精度を活かすアルゴリズムの磨き込みが欠かせません。
大学ではAIと数値計算の二刀流カリキュラムを整備し、共同講座・インターンで実機に触れさせる。企業はMLOps×HPC運用人材を配置し、研究コードの産業実装をゴールに据えます。
オープン性と移植性:ベンダーロックを避ける設計
海外企業との協業では相互運用性が生命線です。Kernels/Operatorsを標準IRで記述し、Compiler/Runtimeの多様性を確保。I/Oやチェックポイントはオープンフォーマットで統一し、移植容易性をKPIに。NVLink Fusionのような高速結合を活かしつつも、抽象化レイヤでソフトの可搬性を守る設計が、中長期の技術主権にもつながります。
産学官それぞれの実務アクション
企業:PoCテーマの具体化とKPI設定
企業は「生成AI×シミュレーション」の具体テーマを今から棚卸ししましょう。例:電池材料の探索、流体×空力最適化、製造歩留まり予測、物流経路のAI補助最適化など。
計算資源の利用前に、KPI(精度・コスト・リードタイム)を数値で定義し、結果公開と再現可能性を重視。FugakuNEXT連携のアクセラレータを前提に、FP8/混合精度を使った高速化計画を描くと、投資対効果を説明しやすくなります。
研究者・大学:カリキュラム刷新と共用化
大学はAI for Scienceの講義と演習を拡充し、数値解析×機械学習の共同課題に本腰を。研究室横断のコード共有、最適化ノウハウのコモンズ化、計算再現パイプラインの雛形提供など、コミュニティ主導の生産性向上が効きます。
共同研究では産業界のデータと秘密計算・合成データを組み合わせ、社会実装の距離を縮めましょう。
政策:資源の“使われ方”を設計する
ハード整備だけでは成果は出ません。配分と評価の設計が要です。産業実装に直結するテーマへ優先枠を設け、成果公開の期限を定めて知の拡散を加速。
電力・運用費はグリーンKPIとセットで予算化し、地域電力との連携でカーボンとコストの同時最適を追求。国際連携は輸出規制の枠内で契約・法務の雛形を整備し、スピード感を担保します。
よくある疑問への先回り回答(初心者向け)
Q. 性能“600EFLOPS”って結局どれくらい凄い?
EFLOPSは1秒あたり10の18乗回の演算を意味します。FugakuNEXTはAIの低精度演算(FP8、疎表現)で600EFLOPS超を狙うため、巨大な生成AIや物理情報ニューラルネットの学習が現実的な時間で回せます。
重要なのは、こうしたAIと従来のシミュレーションを同じ基盤で連携し、設計・創薬・防災などの実務課題を短期解決へつなげられることです。
Q. 電力は大丈夫?環境負荷は?
「富岳」運用時でも約28〜30MWの電力が必要でした。後継では効率化に加え、再エネPPA・廃熱利用・液冷などの総合対策で“同等電力枠で実アプリ100倍”を掲げています。運用段階での電力・CO₂の可視化と、ジョブスケジューリングによる負荷平準化が鍵です。
Q. 2030年の“世界一”は狙うべき?
ランキング一位は象徴的価値がありますが、筆者は実問題の解決速度を優先すべきと考えます。アプリ性能100倍、AI学習の短縮、産業実装のスループット向上――これらの実効KPIが国内経済と安全保障を支えます。世界一は結果としてついてくる指標であり、目的そのものではありません。
まとめ
FugakuNEXTは、理研・富士通・NVIDIAの国際連携で進むAI-HPC統合の中核プロジェクトです。2030年ごろの運用と、実アプリ100倍・AI600EFLOPS級という高い目標が示されました。
費用や電力、人材などの課題は重いものの、筆者は「日本はすべての分野でトップでなくても、共創で勝てる」と考えます。財政負担を理由に手を止めれば衰退が加速します。
Made with Japanの発想で、標準化・移植性・グリーンKPIを軸に、研究から産業実装までの“使われ方”を設計する――それが日本の強みを増幅し、次の10年の成長を実体化する近道です。
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